耳コピに対するスタンス

2018年09月29日(土) 16:23

またちょっと昔話になるのですが、自分が活動し始めたころ(2003年ごろ)は、まだゲームミュージックの耳コピMIDIサイトがたくさんあって、自分もよく聴きに行っていました。それで自然と自分も耳コピをするようになったのですが、当時はMIDI音源で原曲を再現することにこだわっていたところがありました。限られた環境で多くのことをするのに価値を感じていましたし、需要も多分あると思ったからです。MU50相当のMIDI音源で、バリエーションエフェクトを使ってホワイトノイズを再現していた人とかいて、純粋に感動したものです。

しかし、もうそういう時代でもありません。よほどマイナーなゲームでもなければ、動画サイトで原曲を見つけることは難しくないからです。そもそも昔からアレンジの方に重きを置いていた人は多かったですし、冷静になってみれば自分は頭が固かったと思います。そもそも自分は音感がいいわけでもないですし、採譜で悶々とするぐらいなら、そのエネルギーを他に回した方がいいものができるのではないかと思うようになりました。

例えば、採譜がうまくいかないところは、自分が作曲者になったつもりで作ってしまえばいいのです。何かごまかしている気もしますが、二次創作なのですから、自分の解釈を盛り込んでいくことにも価値があるということにしてしまいましょう。そう思うと、随分と気が楽になりました。やっている自分が楽しくなければ意味がないです。自分が楽しめなければ、他人を楽しませることもできないでしょうから。

この記事へのコメント

  • はーちゃん+ - 2018年10月02日(火) 07:01

    そうですね。
    私の場合、基本的には自由なアレンジするだけの力量がないので原曲忠実なんですが、全く違う編成に置き換えたとしても、ただ忠実なだけじゃただのミミコピじゃね?という思いもあったり、完璧に再現したいので完成したと思った後から採譜ミスに気づいてしまって直すか直すまいかジレンマを感じたりしてまったり……。
    基本完ぺき主義なので、自分が納得いかないものは出したくないというこだわりがあるのですが、なまじ原曲に忠実にとこだわりすぎてるのがよくないのかもしれません。

    力量が足りないなら足りないで、足りないなりに自由に遊んでしまえ!
    そんな自由な発想にシフト出来たらいいなあと、自分としても思ってはいるのですけれどね^^;

  • すけとうだら・いすみ - 2018年10月02日(火) 17:11

    はーちゃん+さん、コメントありがとうございます。
    良いものを求めること自体は必要なことなのですが、それに苦痛を感じるようになったら行き過ぎなのかなと思います。仕事ではないのだから気楽にやるというのも悪い選択肢ではないでしょう。その辺の折り合いをうまくつけることが大切なのだと思います。