依存の恐ろしさ

2018年09月10日(月) 18:17

ちょっとゲームにかかわりの薄い上に私的なことなので今まで迷っていたのですが、ranaさんの活動日記で統合失調症の話題が出たので書こうと思います。というのも自分自身が長年統合失調症と戦っているからです。

統合失調症そのものは研究が進んできていて、症状を抑える方法が存在しており、かつて思われてきたような恐ろしい病気ではなくなりつつあります。しかし、それでも精神的な健康を回復させるためには、患者本人の心構えがしっかりとしていなければいけません。無理をせず、ストレスをため込まないように気を付けなければならないのです。

かくいう自分も、数年前に調子がよくなってきたからと完全に油断していて、症状を悪化させてしまったのです。そのきっかけが依存でした。

自分は10年以上前からあるウェブサイトで活動していました。そのサイトの理念に共鳴しており、それを実現させることにやりがいを感じていました。しかし現実は甘くありません。たくさんの人が協力して一つのことを成し遂げるためには、コミュニケーションが円滑でなければならないのです。しかし自分はそれが苦手でストレスを抱えがちだったのですが、そのことに目を背けていました。結果として人間関係のトラブルを招いてしまい、病状を悪化させるに至ったのです。自分としてもまさかと思いました。冷静になってみれば些細ないさかいに過ぎず、真剣に悩むようなことではなかったからです。

今になって思えば、自分はそのサイトの活動に依存していたのです。ストレスを感じていてもその原因に気づかず、追いつめられるまで問題を直視できなかったのは、ほかに理由が思いつきません。自分がやろうとしていることと、自分の能力が全く釣り合っていなかったのに、努力しているつもりの自分にうぬぼれていたともいえるでしょう。

結果として、自分は問題を解決するためにそのサイトとの縁を完全に絶つことにしました。はじめは未練があって、まだできることがあるんじゃないかと思ったこともありましたが、時間が経つとそのサイトの問題点が浮かび上がってきました。人が協力するためにはコミュニケーションが必要だとすでに言いましたが、それだけではなくルールとリーダーが必要です。しかし、そこではルールはないがしろにされ、リーダーシップを発揮する人は皆無でした。気高い理想も、それを実現させるための現実的な道筋が整っていなければ意義がないのです。

人はおおよそ快いと思えるものなら何にでも依存しえます。ゲームにも危険なものがたくさんあります。射幸心をあおるものに多額の金銭を費やしていたなんて話はよく聞きます。依存を防ぐためには、快いと思えるものに対して自制できる強い意志がなければいけません。快感のためにあまりにも多くのものを犠牲にしていないか、冷静に考えることが必要なのです。世界は広く、生きがいはほかにも見つけられるということも頭に入れておかなければいけません。

幸い、今の自分はそれなりに幸せに生きることができています。食べていけるだけの仕事をして、適当に音楽をやって生きています。それでいいのです。

この記事へのコメント